教官女主で、弓女主で届かなかった誰かの気持ちが時を超えて届いた物語。
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思えば、どこで違えてしまったのだろう。
だがもう行く道は変えられない。変えてはならない。
故に、誰にも届かぬ手紙を記す。
恐らく誰にも届かぬだろう。だが、砂に眠る『君』だけが知っていればいい。
もうすぐ『私』は大罪を犯した者として捕縛されるだろう。
それ自体は構わない。だが伝えたい想いだけがある。
だからこれを手紙にして、砂の海に閉じ込めようと思った。
たった一言、伝えられなかった一片。
『きみが好き』
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アーチャーはふと目を覚ました。椅子に座り、腕を組んでうたた寝をしていたようだ。
外のロケーションはまだ夜。0と1が暗い空に帯を成している。
「気が逸っているいるな」
翌日に聖杯戦争の第七戦、その決勝を控えて高揚を覚えているのは確かだ。
サーヴァントの自分がこうなのだ。さぞかしマスターも、と思えば彼女は並べた椅子に転がって、健やかな寝息を立てている。
「ふむ。君は私が思うより、強い心を持っていたようだ」
何もかも明日で終わる。勝つにしろ、負けるにしろ、否応なく別れが訪れる。
「それを名残惜しいと思うのは――何故だろうね」
それがただ一つ胸の内に引っかかる想いだとしても、それを口から溢すわけにはいかない。
明日が最後だとしても、これがアーチャー個人に赦された最後の時間だとしても、言葉にできることは限られていた。
「おやすみ、マスター。明日の決戦も悔いのないように」
最後まで紡がれなかった一言は、彼の胸に降り積もったまま。
『きみが好きだった』
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白野は砂の海に立つ。初めて見るのにどこか懐かしい。
「白野先輩、どうしたんですか?」
共に砂に降り立った桜は不思議そうに首を傾げた。
白野にもわからない。何故かここから離れられない。
どこまでも続く砂の中に何かきらりと光るものを見た。
白野はそれがどうしても気になって追いすがる。
どうしても、確かめないといけない。そうじゃないと――。
そうして見つけた小さなボトルには丁寧に丸めた手紙が封じられていた。
誰かが誰かに向けて綴った想い。勝手に読んではいけないとと思いつつ、白野はその手紙をひも解いていた。
『きみが好き』
長い長い前置きの言葉は目に入らなかった。最後にたった一片綴られたその言葉だけが飛び込んできて。
何故か胸が詰まったように思えた。
誰かが言えなかった言葉。誰かが伝えられなかった想い。
それが、それが今――届いたのだ。
「ああ……ごめんなさい、見知らぬ誰か……」
これは自分に向けられた想いではないのに、溢れ出る涙が止められない。
でもきっと、開くことでようやく手紙の宛先に届いたのだと思ってしまった。
「この手紙はまたここに仕舞っておきます」
もう二度と誰の目にも届かぬように。誰の手にも渡らぬように。
これは月と、砂の海だけが知っていた――誰かの手紙。