Fate/HAの直後のハロウィンネタ。
お菓子を上げなかったのでアンリに悪戯される士郎の話。
『トリックオアトリート! 菓子を寄こさねぇと悪戯しちまうぞ?』
それは日毎夜毎にどこからか囁かれる声。
士郎の夢の中だったかもしれないし、もしかしたら自分の影から聞こえたのかもしれない。
一般人なら幻聴だ、気のせいだと一笑しただろう。
けれども士郎は魔術の徒である。たとえ魔術使いであっても。
神秘の一端に触れるような人間だ。もしかしたら何かが関わっているのかもしれない。
例えば、聖杯戦争が始まる直前に剣のイメージが頭に浮かんでいたように。
「え、声がする? 誰の?」
だからこそ、凛に尋ねるのは自然な流れだった。
へっぽこ魔術使いである士郎は未だ凛に師事している。
たとえ、凛が教える事がもう何もないと言うのだとしても。
士郎の知る中で、凛が一番魔術や神秘というものを詳しく教えてくれる。
イリヤに聞くということも考えたが、何かがアインツベルンの城に近づくのは危ないと告げていた。
「誰かわかってたら苦労しない」
「まあ、そりゃそうよね。でも、何かが衛宮君に取り憑いてるとかそういう気配はしないのよね」
「じゃあやっぱり気のせいか?」
凛に問いかけると、難しい顔をして首を振った。
「絶対……なんて魔術の世界では言えないのよね。魔力のパスが繋がっているか、私の知らないような魔術って可能性もあるの」
「つまり、わからないってことか」
「ええ、気のせいだったらいいんだけど」
気にするに越したことはないと凛は最後にそう言った。
それはそうだ。気がついた時には終わり……だなんてことはできれば避けたいものだ。
だから何が原因なのか士郎はずっと疑いながら過ごしていた。
その台詞が何を示唆しているのか。かぼちゃが商店街を彩っている事にも気付かず。
その夜も日課をこなし就寝する。
『菓子を寄こさねぇと悪戯しちまうぞ?』
日付を越える頃、眠りに落ちる直前に今までよりずっとはっきり、耳にその声が響いた。
誰だと問いかける事も出来ず、士郎はそのまま眠りに落ちて行った。
「あーあ……言っただろ? 菓子を寄こさねぇと悪戯するって」
士郎の目の前にはただ闇があった。
何も見えないのに声だけはすぐ近くに。
「誰だ? どこにいる?」
「おいおい、そいつはちょっとねぇんじゃね? 俺はずっとお前の傍にいたんだぜ?」
そんなはずはない。それはおかしい。
だって士郎はこんな声なんて知らない。
「細かいことはいいか……。だがな、お前はハロウィンの原則を守れなかった」
「何を言ってるんだ?」
「わからねぇならわからねぇでいい。だが、今日一日はその身体は俺が使うってことだ」
その声が酷く自分に似ていて気味が悪くなる。
広がっていた闇が一つの形となる。
それは自分の兄弟と言っても違和感がないような顔だちをしていた。
そう、身体中に浮かぶ黒い紋様さえなければ。
「じゃあな、衛宮士郎。今日と言う日は俺が一日中楽しんでやるから、そこで見るか寝てるかしてくれ」
それっきり、ぶつんとスイッチが切れたように全てが無音になる。
「――はっ」
何やら夢を見ていたような気がする。
衛宮士郎の見る夢などだいたいがまともなものではない。
ほとんど夢さえ見ずに眠るのがこの身体と言うのに。何だかおかしくて笑いが込みあげる。
「ああ、気分悪いな。喰い足りねぇっつーか。教会にでも行ってみるか?」
一瞬同じ屋根の下で寝起きしてる元封印指定執行者でもからかいに行くのもいいと思ったが、勝ち目がないので止めにした。
もう一度きちんと眠るために彼は布団を被りなおす。
明日時間を作って、あのいけ好かない教会に行くことにしよう。