エクステラの一巡目、 焔詩篇をクリアした当時にそのままの興奮と勢いで書いたSSです。
ネタバレと独自解釈を含みます。
マスターと共に三つ目のレガリアを求めて、アルテラの陣営まで攻め込んで行ったネロは一人で帰って来た。
そう、いつも共にいるはずのマスターはいなかった。
彼女の蒼白な表情に、配下であるサーヴァントたちは何も言えず、事情も何も分からなかった。
ただ一人、副官のアーチャーを除いては。
だが、当面の脅威は消え失せた。ならば良いだろうとアサシンはふらりと出て行った。
ランサーとガウェインは残ったのだが、王権を持つ新王たる白野がいないこと、また戦乱は起こらず平和に
なっていく様を見て退屈に思えたようだ。
「探し人もいることだし、抜けさせてもらう。何か起きたら声でも掛けろや」
ランサーはそんな事を言って暇を告げる。
「待ちなさい、貴方はレディ岸波の行方が気にはならないのですか」
ガウェインとランサーは白野が行方不明であると、結論づけた。
だがそうではないことを、アーチャーは知っていてそれ以上口には出さない。
この世界線に於いて異物である自分は、知っていることを下手に口に出すこともできない。
何がこの世界を狂わせてしまうかわからないからだ。
「あのお嬢ちゃんが少しぐらい行方不明になったところで、くたばっちゃいねぇだろ。直接戦った身なら、わかるだろ。あいつのしつこさ」
「……確かにレディ岸波はレオを真なる王に導いてくれた人です。ですが……」
「しつけぇなぁ。なら力づくで止めてみるか?」
二人の間でバチバチと静かな火花が飛び散る。マスター同士も仲が良好とは言えなかったが、サーヴァントの方も似たようなものらしい。
仕方なしにその間にアーチャーが割って入った。
「やめたまえ。両者の争いは何の益もないだろう」
今度はじろりと二人からの視線がアーチャーに突き刺さった。
何かを見透かすような視線。アーチャーは静かにたじろいだ。
「お前は何か知ってそうだよな。なのに口には出さねぇってか?」
「何かご存知なら力ずくでも聞き出すところなのですが」
「……私も具体的に知っているわけではない。ただ、皇帝陛下の様子からすると単純に行方不明ではないのだろう、とは思うが」
そう、この世のどこかに分割されたもう一人の岸波白野がいる。
そして失われた岸波白野と、王権。それがこの世界にどんな影響を及ぼすのか。
観測宇宙にしか存在しないアーチャーには与り知らぬことである。
ただ、危機は脱した。王権もやがては一つに統合されるだろう。
ムーンセルから貸与されたものだ。いずれムーンセルに返す時の為に、この世界が王権を修復する。
「ランサー一人が抜けたところで、執政にも彼女の探索にも支障はないだろう?」
ここらで手を打ってはどうかとアーチャーが言うと渋々ガウェインは引き下がった。
「副官の貴方がそう言うのでしたら」
ランサーはそもそも引き留められないのであれば、争う理由はない。
こうしてネロの配下は二騎となった。
それから何か月か経った時のことだ。国の発展の報告のため、玉座の間に入り込んだアーチャーは息を飲み立ち尽くす。
ノイズが玉座に蟠っていた。その傍らにはネロが跪いていた。
残酷な事をするとアーチャーは思うが、口は開かない。
一度はSE.RA.PH内に拡散してしまった、岸波白野という存在をネロは欠片を紡いで一つの形にしようとしていた。
その左手には王権の指輪。SE.RA.PHの為に復元されたレガリアである。
彼女はそれを用いて彼女を構成していた情報をかき集めている。
しかし――。
「――皇帝陛下」
「……ああ、アーチャーか。見られてしまったな」
どこか疲れたようにネロはぽつりとつぶやく。
「もうすぐ奏者が戻ってくるのだ。余のただ一人のマスター。魔星へ立ち向かうにはもはや奏者がいなくては……」
彼女の気持ちは痛いほどにわかる。アーチャーにとってもマスターがいなくては、これからの未来を切り開くことができるのか不安に思えて来る。
だが、形だけ情報を押しこめたところで、そう都合よく行くのだろうか。
不安は尽きない。ネロの試みが成功し、王権所持者たる新王が戻るのであれば。
まだこの世界線の未来は明るいのだろう。
自分の編纂事象に戻るのに、もう少しぐらいの寄り道をしてもいいだろう。
徐々に彼の覚えている岸波白野の形に収束するノイズを見て、アーチャーはそう思った。
END